1. 3115.匿名 :2024/05/04 (土)11:54

    読み応えあるので是非

    …チョン·ドクヒョン:白黒論理で「どれか一つを選択しなければならない」と話すのは本当に危険な考えです。 ビジネスの方に完全に手をあげてくれるとか、あるいは「文化産業だから独自にシステムなしで可能なのか」というように一方だけに偏る結論に行くのは非常に間違っていると思います。 それで今この内容で戦っているんですよ。 SNS上では経営的立場で「当然、ハイブ側の主張が正しい」と主張する方々が多く登場しており、正反対にミン·ヒジン代表の主張も同じように出てきているんですよ。 お互いを支持する側面が非常に激しく対立しながら話を作っています。 私はこれ自体が健康だと思います。 今、K-POP体制が多様性に向かっているのに、誰かが問題提起をしなければ、また昔に戻るだろうという気がします。 昔、私たちがよく3大企画会社だと話していた企画会社から出たKポップグループを見ると、私たちがどんなスタイル、どんなスタイルの話ができるほど似たり寄ったりの集団がたくさん出てきて、さらに産業ではトレンドだと話しました。 これは多様性の確保ができないということです。 流れに振り回されるということです。 それぞれの個性を持っているグループが、あるいはそのような事務所が企画をやり遂げたあるアイドルグループが、その流れでどんどん出てくるのが、究極的にKポップが今後も進み続けることができる道だと思います。 ところが、ここには資本が介入して「それだけが道ではない」と絶えず抵抗していきながらぶつかる力があってこそまともに方向性を持っていくと考えるのです。 それで私はこの事態があたかも「パン·シヒョクとミン·ヒジン代表の対決」このような構図だけに流れて「誰が勝ったのか、誰が負けたのか」このように行かないでほしいです。 そうではなく、この事案の中から出てくる多くの問題提起があります。 この問題もあり、あの問題もあり、産業的側面から見れば「Kポップというのが資本なしに可能だったのか」こういうことに対しても私たちが考えてみる必要があるのです。 正反対に言えば「資本さえ持っていればどうやってクレーティブが可能なのか」この話も私たちが一緒に話せるのです。 だから、こういう話がたくさん出るべきだと思います。…

    記事はとても長いです
    「ハイブ-ミン·ヒジン事態、Kコンテンツ成長滋養分」[シンユルのイシューメーカー]

    ttps://n.news.naver.com/article/018/0005731047?sid=103

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  2. 3129.匿名 :2024/05/04 (土)12:13
    >>3115

    ミンヒジン自身がkpopの中に多様性を求めることはできないと証明してなかった?
    アイリットはニュジのコピー発言で
    kpopに限らず、どのカルチャーもどの流行にも「後追い」は必ずあるよ
    実際にミン代表のコンセプトも何かの(前時代的な)影響を受けているわけだし
    20年前のパクリはオマージュ、インスパイアで、昨今の流行りに寄せてきたらパクリ
    そんなのおかしいでしょ
    小難しく考えないで、自分の好きなものだけチョイスしたらいいと思う

    似てると感じる中にも、好きな人は両者の違いをわかってる
    バンタンだって他のkpopアイドルだって興味がない人からすればみな同じ
    あまりにも型破りなkpopアイドルが出てきたら、それは最早kpopではなく別のカルチャーだと思う

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